映画「fake」 佐村河内守さんとは、こんな方!

映画の話にはいる前に、そもそも皆さんは、佐村河内守さんをご存知ですか?

2014年の末に、ゴーストライター問題で大いに報道され、その名を広めることとなった作曲家の方です。

佐村河内守 fake

 

問題発覚以前から、ゲーム音楽などを作曲して高い評価を集め、また「現代のベートーベン」と呼ばれるなど、名声を欲しいままにしていました。また聴覚障害を持っていることも、様々な層から支持を集めるきっかけだったかもしれません。

しかしある日、それらの楽曲はゴーストライターの新垣氏により作曲されていたことが判明。さらには佐村河内氏の聴覚障害についても疑問符がつけられてしまいました。

ファンの方はその報道に怒り、それ以降、佐村河内氏のメディア出演や音楽活動は殆どなくなってしまいました。

映画「fake」あらすじとネタバレを公開!

都内では6月から公開されている「fake」は、そのゴーストライター報道のあとの佐村河内氏を追ったドキュメンタリー作品です。監督は森達也氏。作品の大半は、騒動後の佐村河内氏の生活を記録したものです。

「fake」の公式サイトはこちらから!

佐村河内氏の自宅に次々と訪れるテレビ局などの報道陣。外国の有名紙からも取材が来て、佐村河内氏はその容赦ない質問の雨にさらされることとなります。

もちろん質問の内容は、ゴーストライター騒動の真実を明らかにするためのもの。

佐村河内氏は作曲がどの程度できるのか?

聴覚障害の真偽は?あるとしたらその程度は?

「fake」を見に来た人々も知りたいであろう、核心を突いた質問が次々とされるのですが、実際のところどうなのかは、取材陣とのやり取りを見ていてもはっきりしません。

さらには当時、メディア露出を急激に増やした新垣氏の姿も取り上げ、対比的に佐村河内氏の追い詰められた状況を印象づけます。

 

佐村河内守 fake

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そんな場面を映画最初の90分間見せられるのですが、それを見ている人々はおそらくこう思うでしょう。

「佐村河内氏が再び這い上がるには、自らの能力を、自ら証明するしかない。」

つまり、作曲ができるかどうかです。

その答えが映画のラストです。監督の森達也氏に促され、シンセサイザーの前に座って黙々と作曲をし始める佐村河内氏。次々と形になる楽曲。悲壮感を含んだ荘厳なメロディーは、これまでの佐村河内氏の苦しみを表しているように感じさせてくれます。

復活。暗い時間を抜けだして、新しい未来へ。自ら堕ちたのか、メディアに貶められたのか、その暗い闇の中から抜けださんとする意志と、一筋の光。

佐村河内氏作曲のメロディーとともに、映画は終焉を迎えます。

最後に森氏が、「今、私に何か隠していることはありますか?」と佐村河内氏に問いかけますが、その答えは聞けませんでした。含みを残したラストシーンでした。

映画「fake」を見ての個人的な感想

素直に、衝撃的な作品でした。私の友達いわく「今までで1番充実した2時間だった」ということです。

映画を見る前まで私は新垣氏を支持していましたし、そういう人は多いと思います。おそらくそういう人たちは、この映画を見て一種の後悔を感じると思います。言い換えれば自分の愚かさを痛感するかもしれません。

騒動の真偽よりも、主題は「メディアの偏向報道の問題性」であると感じました。

佐村河内氏にとっても、騒動は過去のもの。未来を照らすには、自分の力を証明する必要があるということなのかな、と私は感じました。

 

とても「映画」「ドキュメンタリー」なんていう言葉では括れないような、素晴らしい作品だったので、是非皆さんにも見ていただきたと思います!