南野陽子はどんな性格なのか?ネットの「悪い」噂の真相

ネットでの「悪い」噂はこんな感じです・・・

浅香唯がローカル放送で暴露。いつも楽屋からマネージャーを怒鳴る声が聞こえて怖くてしゃべれなかったとか。なのでほとんどしゃべることもなかったが、現在ではだいぶ丸くなったと聞いた、と言っていた。
◎弁当を食べている雑誌用の写真を撮った際に、撮り終わった直後にマネージャーに弁当をぶつけて「これ腐ってるじゃないのよ!!!」と怒鳴り散らして周りが凍った。
◎人気絶頂のある夜、急に実家に帰りたいと言い出した。実家は神戸、本人は東京。マネージャーに運転させて実家まで帰りちょっと親としゃべってまたすぐ東京に戻るということをさせた。翌日の仕事はちゃんとこなしたが運転していたマネージャーはボロボロ。
◎喫茶店でアルバイトしていたことがありますが、それも本人のわがまま。人気絶頂時で急に「普通にアルバイトしてみたい」と要望。実家の神戸にある知り合いの喫茶店で一週間だけ働かせてもらった。

人気が絶頂でスケジュールもきつくて事務所にこき使われていたようだし、精神的に追い込まれていて周囲に当たってしまっていたのではないかという見解もあるようです。
こうしたスケジュール管理など事務所に対する不満とかも大きかったみたいで、マネージャーにはきつく当たっていたそうです。

昔は気難しい性格だったみたいですが、現在はだいぶ丸くなったみたいで、穏やかな性格になっているようですね。
肩代わりした数億円の借金を返済したりして、苦労したこともあったようですが、そうした経験を経て、人間としての器が大きくなったという感じなのかもしれませんね。

「信じるか信じないかは あなた次第です。」 (やりすぎ都市伝説 風)

いや、こんなセクシーな人が性格悪いわけがない!(おじさんの希望)

 

昔は超売れっ子だった「スケバン刑事」で大ブレーク

南野陽子さんは、「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」で大ブレークしました。

和田慎二の漫画『スケバン刑事』を原作としたテレビドラマの第2作である。
1985年11月7日から1986年10月23日までにフジテレビ系列で全42話が放送された。

高知県出身の設定で、「おまんら、許さんぜよ!」というセリフはみんなが叫んでいました。

また、あの「AKB48」をプロデュースした秋元康さんの初プロデュース アイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバーが味方として共演し、また「おニャン子クラブ」をフューチャーした回があったのも話題になりました。

スケバン刑事の映像も残っています。こちらをご覧ください。

ヨーヨーでりんごを割っていますね。今から見ると、ちょっと「お笑い」っぽい感じですが、なかなか発想が面白いと感じました。普通、ヨーヨーが武器になるっていう発想、あんまり沸きませんもんね。

そして・・・

鉄仮面が割れた瞬間、当時の若者たちは、「なんて清楚な美人なんだ!」と叫んだものです。

 

後に南野陽子さんはラジオで「スケバン刑事で鉄仮面になった理由」を語っています。

スケバン刑事のパート1は斉藤由貴さんが出演されていました。2パートは南野陽子さんがオーディションに受かって、スケバン刑事の役を勝ち取りました。ところが、製作者側は「なんか面白みがないよね」「インパクトがないよね」と思っていたそうです。南野陽子は確かに綺麗ですし、美人です。でも、なんかインパクトのあることをやりたかった。そこで、鉄仮面を被って、そこから仮面を脱ぐと・・・美人な人が出てくるという演出をやりたかったそうです。これは面白いエピソードですね。

当時、子どもたちの間で「鉄仮面に顔を奪われ十と七とせ、生まれの証しさえ立たんこのあてぇが何の因果かマッポの手先。二代目スケバン刑事(デカ)麻宮サキ。おまんら許さんぜよ!」という劇中のセリフが大流行したそうです。

そして、なんとスケバン刑事はゲームにもなっていました。セガマーク3で発売された「スケバン刑事2少女鉄仮面伝説」です。

ヨーヨーで敵を倒しながら進んでいく、アドベンチャーゲームです。ゲームマニアの間では結構、評価の高いゲームだったそうです。

テレビCMで超売れっ子だった南野陽子さん

当時、南野陽子さんはテレビCMにも引っ張りダコでした。代表作はコチラの「フジカラーHR」のCMです。1985年から1988年までの4年間、出演されていました。

今のCMと全然、作りが違いますね。ちょっと時代を感じます。ちょっとお芝居がすぎているというか、なかなか言葉では表現しにくいのですが、若干、南野陽子さんのセリフ回しが固く感じました。

富士通のFM77AV40EX(パソコン)のCMにも出演されていました。このCMは1987年から1989年までの3年間です。

どのCMは複数年度にわたっており、当時の南野陽子さんの人気の高さを物語っていると思います。(決して一発屋ではありませんでした。)

歌手として大人気だった!

昔のアイドルは女優業と歌手を兼業するのがオーソドックスなスタイルでした。ファンの間では評価の高い「悲しみモニュメント」という曲があります。この曲は初のベストテン入りをしました。当時の映像はこちらです。

当時はおニャン子クラブというアイドルグループが一世を風靡していました。そこに斬り込んだのが南野陽子さんと中山美穂さんです。最終的におニャン子クラブの息の根を止めたのはこの二人だと語り継がれている程、当時、南野陽子さんは絶大な人気を誇っていたのです。

そんな南野陽子さんです。やはり「スケバン刑事」のイメージが一番、強いですかね!